Kento Yasuda’s Homepage (日本大学・安田健人)

生命現象の非平衡統計物理

生命現象の理解は医学・工学の発展のためになくてはならないものです。 その一方で、その複雑さや美しさは純粋な興味を引き起こし、多くの理学研究がなされてきました。 そのなかで、近年では非平衡統計物理に基づいた生命現象の研究が盛んになってきました。

多様な生命現象は一つの分子の振る舞いだけではなく、無数の分子の複雑な相互作用のネットワークによって創発されます。 したがって、生命現象を理解するためには無数の要素を扱う統計物理的なアプローチが必要不可欠となってきます。 さらに、生命現象のようなダイナミックで活動的な現象を取り扱うためには、古典的な平衡統計力学では不十分で、非平衡状態を扱う非平衡統計物理が必要となります。 この非平衡統計物理はいまだ不完全ではありますが、線形応答理論や情報熱力学、ゆらぎの定理など、その理解が進んでいます。 また、非平衡統計物理を基盤とする、ソフトマター・アクティブマターの物理も多様に発展しています。 これらの発展を受け、非平衡統計物理を基盤として、複雑で豊かな生命現象を理解する試みもますます重要となっています。

非平衡統計物理が対象とする生命現象は非常に多岐に渡り、群れ・進化といったマクロスケールの現象から、細胞・生体分子などのメソスケールの現象まで扱われています。 その中で私は、生命現象を含む包括的な非平衡統計物理の理論基盤の構築を目指して理論研究を行っています。 そのために非平衡統計物理のアイデアをうまく利用し、生体現象を表現する単純かつ本質的な理論モデルを提案することも行っています。 具体的な研究については以下で紹介します。

ソフト・アクティブマターの変分原理

ソフトマターの動力学がもつ重要な特徴は、エネルギー散逸を伴う不可逆性です。 この不可逆な動力学は1931年にOnsagerによって議論され、輸送係数の相反性(Onsager's reciprocal relations)として体系化されました[L. Onsager, 1931]。 また、散逸関数と熱力学ポテンシャルからなる変分原理は強力な理論基盤であり、とりわけ土井はこの原理を多様なソフトマター動力学に適用し、その重要性を広く確立しました[M. Doi, 2011]。 Onsagerの理論から約100年経過した現在、非平衡統計物理は目覚ましく発展し、ゆらぎ・情報・アクティブマターといった新たな概念を包含する枠組みが盛んに議論されています。 そこで、私はこれら最新の発展とOnsager理論のつながりを調べ、変分原理の現代的な再構築に取り組んでいます。

・"Covariant Onsager and Onsager-Machlup principles for active and inertial dynamics". (arXiv)
・"Demon's variational principle for informational active matter". (arXiv)
・"Statistical formulation of Onsager-Machlup variational principle". (PRE) (arXiv)

ミクロな系の能動的輸送・移動現象

生命において輸送・移動は必要不可欠な機能です。 例えば神経細胞の中では情報伝達物質をキネシンというタンパク質が 微小管上を歩くように輸送することが知られています。 また、細胞や微生物においても自身を適切な空間に移動させることが生存のために必要です。 しかし、これらの小さな物体は流体中で非常に大きな抵抗を受けており、 輸送・移動は必ずしも簡単なタスクではありません。 たとえば、バクテリアや精子などのマイクロスケールの遊泳体に関しては 「帆立貝の定理」と呼ばれる力学的制約を受けることが知られています [E. M. Purcell, 1977]。 そこで、帆立貝の定理の制約下でも遊泳可能なスイマーモデルが考えられてきました。 例えば、3つの玉を2つのアームでつないだ三つ玉スイマーは最も単純なモデルの一つとしてして知られています [A. Najafi and R. Golestanian, 2004]。 私はこのような単純な遊泳モデルを用いて、レオロジー、ゆらぎ、非平衡性などの性質と輸送・移動の関係性を調べています。

・"Odd microswimmer". (JPSJ) (arXiv)
・"Thermally driven elastic micromachines". (JPSJ) (arXiv)
・"A three-sphere microswimmer in a structured fluid". (EPL) (arXiv)
・"Swimmer-microrheology". (JPSJ) (arXiv)
・「スイマー・マイクロレオロジー:ソフトマター中のマイクロマシンの新しい遊泳機構」 (Academist Journal)

非平衡系のゆらぎ・拡散

細胞内ではモータータンパク質などの化学エネルギーを力学エネルギーに変換する タンパク質が活発に活動しています。 この事により、細胞の恒常性や機能発現が制御されていると考えられます。 近年では細胞内に微粒子を埋め込み、そのブラウン運動を測定することで、 タンパク質の活動を定量化する試みが行われています。 その結果、タンパク質活動下ではブラウン運動が活性化され、 通常より大きなゆらぎ・拡散を示すことがわかってきました。 私はこのような非平衡で活発な細胞環境をモデル化し、 細胞内のゆらぎ・拡散を調べる理論研究を行っています。 また、このようなゆらぎ・拡散は媒質の力学特性を強く反映するため、 細胞の力学特性を理解することに繋がります。

・"Lateral diffusion induced by active proteins in a biomembrane". (PRE) (arXiv)
・"Anomalous diffusion in viscoelastic media with active force dipoles". (PRE) (arXiv)
・"Localization and diffusion of tracer particles in viscoelastic media with active force dipoles". (EPL) (arXiv)

構造体の力学特性

生体中の組織や細胞内には特徴的な構造をもった器官が存在しています。 例えば、細胞膜や細胞内小器官は脂質二重膜と呼ばれる構造で構成されています。 これはまさに膜の構造を持っており、その力学特性は曲げ弾性で支配されています。 その他にも皮膚は細胞シートが積層した構造を持っており、 その力学特性はその層状構造によって特徴づけられます。 多様な生命現象の舞台となるこれら構造体について、 その力学特性の理解は重要な立ち位置を占めます。 私はこれら構造体のモデル構築および非平衡生命現象との相互作用について研究しています。

・"Dynamics of a bilayer membrane with membrane-solvent partial slip boundary conditions". (Soft Materials) (arXiv)
・"Dynamics of a membrane interacting with an active wall". (PRE) (arXiv)
・"Dynamics of two-component membranes surrounded by viscoelastic media". (JPCM)